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JT997 菖蒲八ツ橋透鐔
NEW
無銘:赤坂四代忠時
鉄地菊形 丸耳 江戸時代前期
82.7mm×80.1mm×耳6.1mm(切羽台6.3mm)
上製桐箱入落込済
「無銘赤坂」として保存刀装具鑑定書付
¥280,000
Akasaka Tadatoki the 4th. Design of iris and eight bridges.
Early Edo period
NBTHK Hozon Tosogu Certificate as “mumei Akasaka”.
赤坂鐔は、新興都市であった江戸で、江戸初期の寛永年間(1830頃)から廃刀令が出た明治四年(1871)まで、江戸の赤坂で作られました。出身が尾張とも京ともいわれる忠正兄弟が製作を始め、その時代はまだ桃山の気風が残り、槌目仕立てに焼き手をかけた武張ったものでしたが、三代忠虎の元禄時代以降は、時代の要求もあり、平を磨地にした優しい雰囲気の鐔が作られるようになりました。また、四代忠時からは当時、斬新で評価の高かった肥後鐔の写しも作るようになりました。この鐔は、菊形の中に菖蒲と八ツ橋を透かしています。肥後の林家のデザインを用いていますが、厚めで中高の造り込みは赤坂の特徴であり、さらに、華やかで迫力のある造形にしていて、肥後とは全く異なった印象にしています。赤坂鐔は三代忠虎からは磨地になるのですが、この鐔は、燒き手をかけ、耳には線状の鉄骨が現れています。これは、まさに忠時の個性であり、このような作風の在銘作も多く存在しています。透かしはていねいで、バランスも良く、しかも堂々としています。いずれにしても鉄味が良く、大きく、厚さもあり、堂々とした四代の傑作です。
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